※この記事は、個人や勤務先が特定されないよう、時期・順序・状況の一部を再構成しています。
看護師を辞めたいわけではありませんでした。
患者さんと関わることは好きで、看護そのものにやりがいを感じる場面もたくさんありました。
それでも病院で働いていた頃は、ずっと「なんか違うなー、、、」という感覚があったのを覚えています。
看護の内容だけでなく、組織のルールや人間関係、周囲の機嫌を読みながら働くことが求められる。個人に良さがあっても、周囲との関係次第で、その個性が消されてしまう。
自分の周囲では、目立てば叩かれ、誰かを助けようとする人ほど疲弊し、先に辞めていく人が多く、同期たちが周囲と器用にやり取りする姿を見て、ただ「すごいなぁ、何で自分にはうまくできないんだろう」と思っていました。
自分は、その環境にうまく適応できなかっただけでなく、今思えば病院での働き方そのものにも疑問を感じていたのだと思います。
この記事では、そんな自分が訪問看護を選んだ理由と、環境を変えて分かったことを書いていきます。
看護師を辞めたいわけではなかった
病院で働いていた頃、自分は仕事ができる方ではありませんでした。
どちらかと言えば、いわゆるお荷物になっていた立ち位置だったと、今でははっきりわかります。
何を言われても、相手の言葉が頭に入らなかったです。
指示を書き留めようとしても、何を書けばよいのか整理できなくなります。
看護師の仕事、命を預かる仕事なのに、それは色んな意味で危ないですよね。
毎日、自分は何か診断名がつくのではないかと、戦々恐々していた時もあります。
周囲からは、仕事ができない、使えない、社会性がないなど、能力だけでなく人格まで否定するような言葉を毎日向けられていました。
一年目の後半からは、職場につくと涙が止まらず、毎日怒られながら仕事をした覚えがあります。
当時の自分は社会人経験が少なく、組織の中での立ち回りも分かっていませんでした。
伝え方や振る舞いが未熟で、周囲を困らせたこともあったと思います。
ただ、未熟であることと、集団で笑いものにされたり、人格を傷つけられたりすることは別の話だよなぁ、、、と気付いたのはその職場を辞めて大分経ってからです。
ある職場では、家族の事で休暇を取らなければいけなかった時に、職場へ菓子を持参したことがありました。ところが、その品を目の前で処分され、別の物を買い直すよう求められました。
その時は、怒りも悲しみもあまり感じず、「あぁ、社会とはこういうものなのだ」と思い、言われたとおり買い直しました。
今振り返ると、その頃は、自分がどれほどつらい状況にいるのか分からなくなっていたのだと思います。
忙しい環境にいると、自分の苦しさが見えなくなる
人は苦しい環境に長くいると、それが普通になってしまうことがあります。
明らかにおかしい扱いを受けても、自分が悪いから仕方がないと思う。
誰かが手を差し伸べても、大丈夫ですと跳ね返してしまう。
訪問看護で、社会とのつながりが少なくなった利用者さんと関わる中で、似たことを感じるようになりました。
助けを求める力が残っていない時、人は自分からSOSを出せるとは限りません。
当時の自分も、周囲へ助けを求める以前に、自分が助けを必要としていることへ気付けていなかったのだと思います。
職場が変わると、同じ自分でも働き方が変わったのがわかる
最初の職場を離れると、相手の言葉が入らなくなるほど緊張することは少なくなりました。
厳しい環境でしたが、入社後の基礎教育はとてもしっかりしていたと、今では思うので、そのおかげで2つ目、3つ目の職場でも、そこまで苦労せず仕事ができるようになっていきました。
現場や行政での仕事を重ね、その後訪問看護へ転職し、一人で考え、判断し、必要な相手へ相談する経験を重ねるうちに、少しずつ自分で仕事を組み立てられるようになりました。
ただ、訪問看護へ転職した瞬間に、すべてが解決したわけではありません。
それでも、利用者さんや家族と一対一で話し、自分の判断で必要なケアを考え、医師やケアマネジャーなどと連携する経験は、自分を大きく変えました。
利用者さんから継続して訪問を希望されたり、ケアマネジャーから指名で依頼を受けたりすることも増えました。
対応が難しいとされていた利用者さんと関係を作れた時には、それまで経験してきたことが無駄ではなかったと感じます。
病院で評価されなかった自分が、別の環境では仕事そのものを評価されるようになりました。
能力が突然生まれたわけではありません。
同じ人でも、置かれる環境によって、能力を出せることもあれば、出せなくなることもある。
そのことを、訪問看護へ来て初めて実感しました。
自分が考える看護
自分が目指しているのは「医療者が考えた正解を一方的に押し付ける看護」ではありません。
利用者さん自身が、今ある状況とどう向き合い、付き合い、どのように生活していくかを選べるように、一緒に考えること。
もちろん、自分がいつも理想どおりに、利用者さんへそれを提供できているわけではありません。
それでも、その人の生活や価値観を置き去りにせず、本人が自分の人生を選ぶための手助けができる看護師でありたいと思っています。
今思えば、病院でも、そのような看護はできるのだと思います。
ただ、自分にとっては、生活の場へ入り、一人の利用者さんと継続的に関わる訪問看護の方が、その考えを形にしやすいと感じました。
訪問看護も理想郷ではなかった
訪問看護へ行けば、すべてがうまくいくわけではありません。
自分も職場選びで何度も失敗しました。
人の役に立ちたいという気持ちから、訪問時間外の対応、書類作成、スタッフ教育、事業所や会社の立ち上げ、外部との調整、相談対応などを、対価を明確にしないまま引き受けたことがあります。
できるから引き受ける。困っているから手伝う。
最初は善意でも、それが続くと、いつの間にか無償で行うことが当然になってしまいます。
今は、自分にできることを伝えたうえで、役割や対価に見合わない依頼は断るようにしています。
能力があることと、無償で差し出すことは同じではありません。
自分を大切にしない働き方を続けると、どの職場へ移っても、形を変えて同じ失敗を繰り返してしまいます。
環境が変わると、収入や生活も変わった
訪問看護で経験を重ね、働き方を選び直したことで、病院時代より収入が大きく増えました。
もちろん、訪問件数、残業、オンコール、手当などの条件によって収入は変わります。
訪問看護へ転職すれば、誰でも簡単に収入が増えるという話ではありませんが、、、
ただ、自分の場合は、収入が増えたことで、生活費を支払うだけでなく、学びや体づくりなどの自己投資、資産形成、将来への備えにもお金を回せるようになりました。
今では、休日に登山やキャンプ、旅行を楽しむ余裕も持てるようになりました。
以前は、職場で付けられた評価が、自分の能力のすべてだと思っていました。
今は、環境が合っていなかっただけの部分もあったのだと、しみじみ感じています。
仕事以外の支えを増やす
自分を守るためには、職場を変えるだけでは不十分でした。
仕事だけを生活の中心にすると、職場で否定された時に、自分の生活全体まで否定されたように感じてしまいます。
自分の場合は、登山、キャンプ、舞台、旅行、食べ歩きや飲み歩きなど、仕事以外の楽しみや人とのつながりを増やしてきました。
一つの場所だけに、自分の価値や居場所を預けない。
依存先を増やすことで、仕事でつらいことがあっても、そのつらさが生活全体を支配しにくくなります。
自分にとっては、自分の心の支えを分散させることで、つらさの濃度を下げる感覚でした。
今の職場の評価だけで、自分の未来を決めなくていい
今の職場でうまくいかないからといって、看護師として能力がないとは限りません。
病院勤務が合わないと感じても、看護師を辞める以外の選択肢があります。
訪問看護、施設看護、外来、健診、企業、行政など、看護師の働く場所は病院だけではありません。
すぐに転職する必要はないと思います。
ただ、「この職場で働けないなら、自分はどこでも働けない」と決める前に、ほかにどのような働き方があるのか調べてみてください。
訪問看護に少しでも興味があるなら、まずは近くにどのような事業所があるか、どのような利用者さんを対象にしているかを見るだけでも構いません。
当時の自分に言葉をかけられるなら、こう伝えたいです。
今は死にたくなるほど辛いと思う。
身体的な危険を感じるような扱いを受けたり、自分の失敗を繰り返し皆の前で取り上げられたりしても、それが社会なのだと、先輩たちの言うことだからと、毎日自分に言い聞かせて、休まず仕事に行ったね。
でも、そこで覚えたことも、身につけたことも、後になって全部自分を助けてくれているよ。
踏ん張ってくれてありがとう。
今いる場所で付けられた評価だけが、あなたの価値のすべてではありません。
環境が変われば、これまで短所だと思っていた部分が、別の形で役立つこともあります。
自分に合う働き方が、病院以外にあるかもしれません。
その選択肢の一つとして、自分は訪問看護を選びました。
この文章が、今の働き方に悩んでいる人が、自分の選択肢を広げるきっかけになれば幸いです。
訪問看護ステーションを選ぶ際に確認したい項目は「訪問看護ステーションの選び方|転職前の見学で確認したい8項目」にまとめています。
